大学生の酒と飯とツーリング

福岡の大学生北ピクが日々言いたいことを言うとこ

身の上話 その2 〜その「頑張ろう」は「辛いことの我慢を頑張ろう」〜

 あまりいい記憶ではないので書き渋っていてかなり時間が空いてしまいましたが久々の更新です。

その1で私の研究室生活の一端をお話ししましたが、もう少し続けます。

研究室では、セミナーというものがあり、だいたいは週に一度、研究室のメンバーで集まって研究の進捗や論文の発表を行います。しかし、その1で書いた通り、先輩方は就活で出払っているので先輩方のセミナー発表を聞く機会はありませんでした。なので、教授から論文を渡され、再来週その論文について発表しろと言われても当然何をすればいいのかわかりませんでした。

それでも英語で書かれた論文を必死に読み、自分なりにまとめて最初の発表に挑みました。

しかし、論文の背景を説明しようとすると、「その論文は教授が著者なのでバックグラウンドの説明は必要ない、発表の構成をやり直せ」と言われ、図1に達する前に発表を打ち切られてしまいました。

 そんな調子で2回目の発表も少し進んだところで打ち切り。

3回目でやっと終わりました。それでも発表中に何度も怒鳴られ、教授は納得のいっていないようでした。

 

当然日々の実験もあるので朝から晩まで研究室にこもりっきりです。サークルにも行けなくなりバイトは土曜しかできない、彼女は就活でほとんど会えない。唯一の癒しは昼に友達と学食で食べるくらいでした。

しかし、研究室に戻ればまた1人。そんな生活の中である異変に気づきます。夜になっても全然眠れなくなっていました。明日が来るとまた研究室に行かなければならないという気持ちが睡眠欲を遠ざけていたのかもしれません。だんだんと眠りにつける時間が3時、4時、5時と遅れていき、別の研究室に移る2.3週間前には夜はほとんど眠れず、朝に少しうとうとして研究室にいき、準備をして昼にデスクで30分ほど寝るという生活を続けていました。

眠らない生活を続けると判断力が低下し、研究でもミスが増え、記憶力も落ちていました。なんとか頑張ろうと思ったのですが、もはや嫌なことの我慢を頑張っている状態になっており、四ヶ月目にして初めて研究室をサボりました。

大学院のことで親と相談するとかなんとか言い訳して部屋にこもりました。

 

今でも不思議なのですが、あの時は死ぬ以外のことが考えられませんでした。暇さえあれば苦痛はできるだけ少なく、迷惑をかけずに死ぬ方法を探していました。

そしてたどり着いたのが一酸化炭素中毒による自殺です。

詳しい方法は省きますが、部屋は借りアパートなので迷惑のかからない場所でやる予定でした。

サボった日に通販で必要なものを買い、同時にささやかながら死ぬ前に美味しいものを飲んで食おうと思って高い酒と美味しい肉を買いました。

 

今回は一旦ここまで、あなたの頑張ろうは我慢を頑張ってるだけじゃないですか?

 

その3に続く